? 青花磁器の様式。
?) 宣徳期の青花磁器。
宣徳は1426〜1435年のわずか10年程でしたが、この時期の青花磁器は、永楽期に続き、
黄金期を向かえます。この時期の青花の皿の底には、「大明宣徳製」の年款銘が記されて
います。製品は、精緻で宮廷磁器として完成度が一段と上がっています。
宣徳期の製品は、国外に輸出する事が禁じられた関係で、中近東では数が少ないです。
a) 「雲堂手(うんどうて)」の青花磁器。
我が国の茶道具として取り入れられた皿で、人物文や山水楼閣などの文様の背景に、雲形の
縁取りがされています。
?) 成化、弘治、正徳期の青花磁器。
成化帝(第9代:在位1464〜1487年)。弘治帝(第10代:在位1487〜1505年)。
正徳帝(第11代:在位1505〜1521年)
a) 成化の前の半世紀の間、政争が絶えず景徳鎮で年款が入った物は見つかっていません。
b) 成化の時代に成ると、再び活況を呈する様になり、青花磁器が作られます。
・ 作品は生活器を中心とした、小形の盤、鉢、碗などが多くなります。
・ 文様も一段と様式化し。花鳥文や唐草文が多くなります。
c) 成化の時代に、五彩磁器(赤、緑、紫、黄)や黄地青花、豆彩(とうさい)、雑彩磁、
などの色絵磁器が多く作られています。
注1: 五彩磁器: 青花磁器に上絵付けの方法で他の四色の色を、焼き付ける方法です。
尚、12〜13世紀の磁洲窯で赤絵(紅緑彩)の装飾が始まっています。
注2: 豆彩:景徳鎮官窯で完成された手法で、文様の輪郭を青花の細い線描いた白磁に
上絵具(赤、緑、紫、黄)を丁寧に塗り分けて焼き付けた方法です。特に緑色が空豆の
様に焼き上がったものが珍重されています。器壁は薄く青花の発色は淡く上絵具の色調は
明るく鮮明です。洗練された優美な作風と成っています。
d) 正徳期の官営窯で文様や年款に、アラビヤ文様やアラビア文字が多く使われている事から
陶人にアラビア系の人々がおり、イスラム向けに生産されていたと思われます。
1557年私的交易がなされる様になると、景徳鎮の独占は崩れ、雲南省の民窯(玉渓窯)
でも、青花磁器が生産され、輸出される様になります。
e) 中近東のトルコやイラン、エジプトでも青花磁器の模倣が行われる様になります。
?) 嘉靖(1522〜1566年)、萬暦(1573〜1619年)の青花磁器。
a) 嘉靖期に成ると、御器の製作が膨大になり、一部を民窯に外注される制度が出来ます。
これを「官塔民焼(かんとうみんしょう)」と言います。又、景徳鎮の陶工も自分の窯を
持つ事が出来る制度もできましたので、民窯の技術は格段に進歩します。
但し、官と民の区別の為、官では「大明嘉靖年製」なのに対し、民では「大明年制」、
または「大明年造」などに限られていました。
b) 西洋からの直接注文。
17世紀に成ると、オランダ東インド会社が西洋への輸出業務に参加する様になります。
当時のヨーロッパの王侯貴族では、中国の磁器は金銀の食器と同等の価値がり、所有す
る事はステイタスシンボルとも成りました。特に「芙蓉手」と呼ばれる大型の青花磁器は
人気があった様です。尚、17世紀前半で数百万個の磁器が輸出されています。
c) 嘉靖期では、青花磁器と共に五彩磁器が多く生産されれ、次第に後者が主流に成って
いきます。更に、製作品が多く成るに従い、粗製乱造の様相を呈する様になります。
d) 萬暦期の赤絵は、著名な磁器の焼き物ですが、今回は青花(染付)がテーマですので、
今回は割愛します。後日、日本の赤絵を含めてお話する予定です。
以下次回に続きます。
?) 宣徳期の青花磁器。
宣徳は1426〜1435年のわずか10年程でしたが、この時期の青花磁器は、永楽期に続き、
黄金期を向かえます。この時期の青花の皿の底には、「大明宣徳製」の年款銘が記されて
います。製品は、精緻で宮廷磁器として完成度が一段と上がっています。
宣徳期の製品は、国外に輸出する事が禁じられた関係で、中近東では数が少ないです。
a) 「雲堂手(うんどうて)」の青花磁器。
我が国の茶道具として取り入れられた皿で、人物文や山水楼閣などの文様の背景に、雲形の
縁取りがされています。
?) 成化、弘治、正徳期の青花磁器。
成化帝(第9代:在位1464〜1487年)。弘治帝(第10代:在位1487〜1505年)。
正徳帝(第11代:在位1505〜1521年)
a) 成化の前の半世紀の間、政争が絶えず景徳鎮で年款が入った物は見つかっていません。
b) 成化の時代に成ると、再び活況を呈する様になり、青花磁器が作られます。
・ 作品は生活器を中心とした、小形の盤、鉢、碗などが多くなります。
・ 文様も一段と様式化し。花鳥文や唐草文が多くなります。
c) 成化の時代に、五彩磁器(赤、緑、紫、黄)や黄地青花、豆彩(とうさい)、雑彩磁、
などの色絵磁器が多く作られています。
注1: 五彩磁器: 青花磁器に上絵付けの方法で他の四色の色を、焼き付ける方法です。
尚、12〜13世紀の磁洲窯で赤絵(紅緑彩)の装飾が始まっています。
注2: 豆彩:景徳鎮官窯で完成された手法で、文様の輪郭を青花の細い線描いた白磁に
上絵具(赤、緑、紫、黄)を丁寧に塗り分けて焼き付けた方法です。特に緑色が空豆の
様に焼き上がったものが珍重されています。器壁は薄く青花の発色は淡く上絵具の色調は
明るく鮮明です。洗練された優美な作風と成っています。
d) 正徳期の官営窯で文様や年款に、アラビヤ文様やアラビア文字が多く使われている事から
陶人にアラビア系の人々がおり、イスラム向けに生産されていたと思われます。
1557年私的交易がなされる様になると、景徳鎮の独占は崩れ、雲南省の民窯(玉渓窯)
でも、青花磁器が生産され、輸出される様になります。
e) 中近東のトルコやイラン、エジプトでも青花磁器の模倣が行われる様になります。
?) 嘉靖(1522〜1566年)、萬暦(1573〜1619年)の青花磁器。
a) 嘉靖期に成ると、御器の製作が膨大になり、一部を民窯に外注される制度が出来ます。
これを「官塔民焼(かんとうみんしょう)」と言います。又、景徳鎮の陶工も自分の窯を
持つ事が出来る制度もできましたので、民窯の技術は格段に進歩します。
但し、官と民の区別の為、官では「大明嘉靖年製」なのに対し、民では「大明年制」、
または「大明年造」などに限られていました。
b) 西洋からの直接注文。
17世紀に成ると、オランダ東インド会社が西洋への輸出業務に参加する様になります。
当時のヨーロッパの王侯貴族では、中国の磁器は金銀の食器と同等の価値がり、所有す
る事はステイタスシンボルとも成りました。特に「芙蓉手」と呼ばれる大型の青花磁器は
人気があった様です。尚、17世紀前半で数百万個の磁器が輸出されています。
c) 嘉靖期では、青花磁器と共に五彩磁器が多く生産されれ、次第に後者が主流に成って
いきます。更に、製作品が多く成るに従い、粗製乱造の様相を呈する様になります。
d) 萬暦期の赤絵は、著名な磁器の焼き物ですが、今回は青花(染付)がテーマですので、
今回は割愛します。後日、日本の赤絵を含めてお話する予定です。
以下次回に続きます。